「呪いの言葉の解き方」を読んで

「呪いの言葉の解き方」 上西充子著を読んで

私たちが何気なく暮らしている毎日で「呪いの言葉」はたくさん巻き付いているのだと思いました。

この本では労働、ジェンダー、政治をめぐる呪いの言葉を紹介してありました。

そこでなるほどなぁと特に感じた2点について紹介したいと思います。

まずはジェンダーについての呪いの言葉です。

日本ではかなり女性への差別が根強く、家事労働などの生活の基盤が女性に大きく偏っているという事実があります。その中で「ケアレス・マン」という言葉が紹介されていました。

「男性労働者は職場において一般的に、育児を担う責任のある労働者とは想定されていない」「他人のケアに責任を持つことなど想定外であるような労働者」(p109)がケアレス・マンというのです。

私の夫も朝は7時から仕事の支度をし、遅いときは23時に帰り夕飯を食べ、お風呂に入りすぐに寝てしまいます。その疲れのせいで土日は時間があれば寝ているような状態です。これで家の他の用事ができるはずがありません。

私たちには子どもはいませんが、子育て中など妻は子育てと仕事と両方を抱えて相談もできずに夫の食事の用意などもしなければいけないということになります。

長時間勤務はとてもつらいことですが、子育て、家事、仕事と頭の中を切り替え、予定を組み、マルチタスクをこなす女性はもっとつらいのではないかと思います。

仕事をするための生活ではなく、充実した生活を送るための仕事に転換すべきときがきているのではないでしょうか。企業は定時に終わる量の仕事を見込み、個人としては足ることを知るという生活をしていかなければこの負の連鎖は続いていくのではないかと思います。

女性男性分け隔てなく、のびのびと暮らせる日はくるのかなぁと心配になります。私も「女の子なんだから愛嬌よくしなさい」「もっとニコニコしなさい」「雄々しい態度をとらない」「腕を組まない」など事あることに女らしさを教育されてきました。

でもこれは呪いの言葉です。自分がしたいようにしていい、笑いたいときに笑えばいいし、緊張したら腕を組んでもいいそう思うようになりました。なんでも自由です。

つぎに政治についての呪いの言葉です。

日本はあまりデモをすることが少ないし、参加する人数も少ないように思います。私が小中学校のころデモに参加したいといったら母親に怒られました。「変な人に見られるでしょ!」と言われました。これも呪いの言葉です。

「おかしいことはおかしいと言い、あるべき社会を求める、そのための発言と行動をみずからが行い続ける、それが国民主権ということなのだ」(p146)

この言葉に大変な勇気をもらいました。

日本では人権が踏みにじられたり、人権自体をあまり考えていなかったりします。また人間以外の他の動物たちへの扱い態度がとてもひどく、邪魔なものは排除せよという意識がありありとみえます。一人の言葉は小さいですが、これからはおかしいと思うことはおかしいと言いづづけていこうと思いました。

「私は優しくない」「私は不器用」「私はなにやっても中途半端だ」など自分にネガティブなイメージがあったら「あ、これだれかから『呪いの言葉』をかけられているのかも」と思ってください。自分は自分でいいとおもって過ごす人が多くなるといいなとこの本を読んで思いました。

呪いの言葉は解除しよう。子どものときは魔法使いになって召喚されたいと思っていました。それはできないけど自分にふりかかった呪いの言葉は解けます。

 

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